事件紹介

遺産相続 真実は一つにあらず

弁護士が必ず扱う、しかし難しい事件の一つに遺産分割事件があります。

なぜ難しいか。
それは、こじれる事件の背景には、しばしば、「兄弟姉妹のうちで誰が一番お父さん(あるいはお母さん)に愛されていたか?」というデリケートな問題が横たわっているからです。
こうなると、いくら数字の上で「平等」な解決であっても満足できない。あげく、お互いの葬式に出ないところまで関係が悪化…

私は、遺産分割事件の処理で迷ったときには、お亡くなりになった被相続人の方を「本当の依頼者」だと考えることにしています。
もちろん、お亡くなりになった方と話しをすることなどできません。
しかし、自分の遺した財産が原因で、子供達が没交渉となることを望む人はいないでしょう。
そして、事件の経過を丁寧に調べてゆくと、赤の他人であっても…否、赤の他人だからこそ、財産を残して亡くなった方の考えがよくわかることがあるのです。

では、なぜ当事者の方々は故人の気持ちがわからないのでしょう?
それは、相争う当事者の方々が、しばしば、「真実は一つ」だと勘違いしているからです。
しかし、現実は違う。真実は一つではない。悪くいえば、親には子供の数だけの顔がある。
「八方美人」もまた真実なのです。

こういう相談を受けたことがあります。
Aさんは奥さんに先立たれた後、3人の息子の家に半年ずつ同居して生活していました。
そして、Aさんは天寿を全うします。3人の子供たちはそれぞれ社会的地位もあり、財産もあり、Aさんの遺産などなくても生活には困らない。でも、遺産分割を巡るトラブルが起きてしまいました。
なぜでしょう?
Aさんは、3人の息子の家に居るとき、その奥さんたちに、それぞれあとの2人の息子の家の悪口を言っていたのです。
最初は「3等分すればいい」と言っていた息子たちは、家に帰るや、奥さん達から「うちだけ一生懸命面倒みてきたのに3等分では平等ではない」と抗議されます。
そして、息子達自身も、「そういえば、兄貴は○○を貰っていたのにうちは…」とか「あいつは私立の大学を卒業させてもらっているのに、俺は…」とか余計なことを考える。
しかも、他の兄弟は、「父さんは僕の家でしかまともな扱いを受けられなかったと言っていた」などと「ウソ」をつく…許せない!
かくして紛争が起きる。
死んだ父さんの敵を討つためにも、あとの2人のウソを暴かなければならない。
真実は一つしかないのだから!

しかし、預金通帳だけを頼りに3人の息子の家を転々として生活していたAさんの立場に立てば、その時点で世話になっている息子(あるいはその奥さん)に「いい顔」をしたくなるのは当然です。言葉の勢いで、あとの2人の家での生活の不満を言ってもおかしくはない。
そのことは、「赤の他人」だからこそよくわかる。そういう視点でことの成り行きを見直してみれば…というアドバイスで事件は裁判所まで行かずにすみました。

天国で「ペロッ」と舌を出して苦笑いしているAさんの姿が見えるような気がしたのは気のせいでしょうか。

「真実は一つではない」。
これが、弁護士の仕事のおもしろさであり、難しさなのですね。(宮)


天国ってあるのかな?